天台宗 湖東三山 釈迦山 百済寺

「緑と謎のロマン」に包まれた近江の最古刹,近江西国霊場十六番,湖国十一面観音霊場十番,湖東二十七名刹霊場十一番,五木寛之著「百寺巡礼」三十五番

■寺宝

当寺院の貴重な文化財群は、すべて、びわこ文化館 等の公共博物館に寄託保存されております。
 
一覧表の名称よりご覧下さい。

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阿弥陀如来坐像 (あみだにょらいざぞう)
■阿弥陀如来坐像 (あみだにょらいざぞう)
百済寺本堂の厨子に安置されております。
像は寄木造・漆箔・彫眼。
切れ長の眉と眼をもちふくらみのある面相部は、平安時代後期の定朝様式の特色をよくあらわしております。
どっしりと調和のとれた姿に、わたくしたちに心の安らかさを感じさせてくれます。

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如意輪観音半跏像 (にょいりんかんのんはんかぞう)
■如意輪観音半跏像 (にょいりんかんのんはんかぞう)
この像は素木の寄木造で、法衣に截金をおきます。
膝裏に「奉造立 二臂如意輪像 明応八己未年四月二日 願主権律師源春 開眼灌頂阿闍梨圓信」と墨書銘があり、明応8年(1499)に造られたことを示しています。
室町時代の明応7年に出火で堂塔が焼失しているのでその翌年に新しくこの像が開眼されたことになります。

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紺紙金泥妙法蓮華経(部分) (こんしきんでいみょうほうれんげきょう)
紺紙金泥妙法蓮華経(部分) (こんしきんでいみょうほうれんげきょう)
紺紙金泥妙法蓮華経は、字のように紺紙の地に金泥の字で書写した経巻です。
それぞれ表紙の見返し絵には、細密な説相図が描かれています。
函は袷せ蓋造りで、黒漆をぬった地に輪宝の蒔絵をほどこした秀品です。
蓋裏には「応永十六年己丑二月十七日」の在銘があり、室町時代のものです。

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紺紙金泥妙法蓮華経 入黒漆蒔絵函(重文) (こんしきんでいみょうほうれんげきょう いりくろうるしまきえばこ)
紺紙金泥妙法蓮華経 入黒漆蒔絵函(重文) (こんしきんでいみょうほうれんげきょう いりくろうるしまきえばこ)
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日吉山王神像(重文) (ひよしさんのうしんぞう)
■日吉山王神像(重文) (ひよしさんのうしんぞう)
この図は大津坂本の日吉山王の二十一社の内上七社の本地仏形をもって社殿の配置に合わせておき、これに属する来社を垂迹の姿にして描き、全部で山王二十一社の神像を画面いっぱいに曼荼羅様式であらわしています。
画面には、神体山である八王子山(牛尾山)から大宮川までの広い範囲で、さらに神像以外に川にかかる橋や樹木など社域の景観も描き、当寺の模様を推察する上においても貴重な鎌倉時代の図です。

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日吉山王神像(部分) (ひよしさんのうしんぞう)
■日吉山王神像(部分) (ひよしさんのうしんぞう)
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黄不動尊像 (きふどうそんぞう)
■黄不動尊像 (きふどうそんぞう)
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三十六歌仙屏風 (さんじゅうろくかせんびょうぶ)
■三十六歌仙屏風 (さんじゅうろくかせんびょうぶ)
紙本著色の六曲屏風貼交です。
その画風から桃山から江戸初期にかかるものだといわれております。

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石曳図額 (いしびきずがく)
■石引図額 (いしびきずがく)
本坊喜見院の仏間にかけられた横183cm、縦96cmの板絵著色の額です。
絵柄は大きな牛車に緞子を被せた巨岩を積み24人の石引き人が、軍扇をもった音頭取りの合図で引き、それを路傍で修験者らしい人、若衆らが口惜しそうに見ている図です。
なかなか動的で、また当時の築城風景を描いた風俗絵としても貴重なものです。
制作年代は、軍扇をもった音頭取りの衣装が南蛮服を着用していること、男達が腰に戦国期特有の「直刀」を挿していること等から「安土・桃山時代」と推定されています。
【特記】 ルイス・フロイスの記述および信長公記によると信長は、天正元年4月8日に百済寺に着陣し、11日に焼討するように命じました。この間安土城と天下構想を練り百済寺の焼跡から容赦なく石垣(湖東流紋岩)を崩して巨岩を安土山麓へ搬出したようです。石曳きの発着起点は百済寺(最後の山城)、終着点は安土城(最初の平城)で、この石の流れが中世から近世への移行を象徴的に示しています。搬出ルートは旧本堂から北西へ約10km延びて中山道と交差する「大門」(百済寺の入口、現在名:長野)経由と言われています。

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神馬図絵馬 (しんまずえま)
■神馬図絵馬 (しんまずえま)
五穀豊穣を祈願する百済寺には、白馬(晴乞い)と黒馬(雨乞い)一対の大きな絵馬が本尊十一面観世音菩薩に奉納され、いづれも「天正十七年六月十八日」と明記されています。

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金銅唐草文磬 (こんどうからくさぶんけい)
金銅唐草文磬 (こんどうからくさぶんけい)
磬は元来中国の古い楽器でしたが、のちに仏教寺院の仏事にとり入れられた道具で、撞座を中心に左右に文様がよく鋳出されています。
百済寺の磬は、蓮弁の撞座、磬面にいっぱいの唐草文様を浮き出した優品です。

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信楽古壺 (しがらきこつぼ)
■信楽古壺 (しがらきこつぼ)
口径9.5cm、高さ20.5cmの古壷は、本堂の横付近にあった塔跡の中心部から、昭和26年の発掘中に出土したものです。
塔の建立のとき舎利容器的な意味で、鎮壇のために入れられたと伝えています。
鎌倉時代の古信楽で、壷の中に宝玉が納められています。

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金銅弥勒半跏思惟像 (こんどうみろくはんかしいぞう)
■金銅弥勒半跏像 (こんどうみろくはんかぞう)
この像は、像高27cmの小金銅仏です。
制作年代については諸説がありましたが、飛鳥・白鳳時代作が最有力です。 百済寺の起源に係わる仏像として秘仏です。
平素は石垣参道左側の像高約3mの石像(平成12年9月建立)が拝観されます。

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如意輪観音像 (にょいりんかんのんぞう)
■如意輪観音像 (にょいりんかんのんぞう)
寸法 縦 147cm 横 67cm

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